『経済学・経営学学習のために』
為替相場の基礎知識
藤 田 誠 一
右の表は、今年の1月7日の日本経済新聞に載った
前日の東京外国為替市場における円・ドル相場の動き
を示したものです。また、テレビのニュースでも毎日
のように東京だけでなく、ニューヨークやロンドンの
為替相場が話題になります。そこで、皆さんが為替相
場に関する記事を読むときの手助けとなる、基礎的な
知識をお話しすることにしましょう。
1 外国為替とは
為替とは、一般に遠隔地間の債権債務を同一地域の債権債務に置き換えることによって現金を移動させずに決済を完了させる方法または手段のことを言います。
例えば、東京のご両親が毎月の仕送りを、現金書留を使わず郵便為替や銀行振込で送金される場合がそれに当たります。外国為替も原理は同じで、国際間にまたがる債権債務を同一国内の債権債務に置き換えることで国際間で現金を移動させずに決済する手段です。ただし、国内の取引と違いそれぞれの国では異なった通貨が使われているので、通貨の交換が必要になります。この時の交換比率が外国為替相場(以下、為替相場)です。例えば、皆さんがアメリカからCDを直接輸入しようとする場合、まず円を持って銀行に行き、当日の為替相場でドルを買います。ドルを買うといってもドルの現金を買うわけではなく、ドル建ての送金小切手を買い、それをアメリカのCDメーカーに送り、CDを送ってもらうわけです。小切手を受け取ったメーカーは銀行に小切手を買い取ってもらいドルを受け取ることになります。最後に日本の銀行とアメリカの銀行との間で決済が行われますが(この場合には日本の銀行が支払い)、日本とアメリカの間でこのような取引は多数行われていますから、銀行間ではその差額だけが決済されれば済むことになります。銀行間の決済は、相互に預けている預金口座の振替によって行われます。
2 為替相場の建て方
円とドルという2つの通貨の交換比率は、1ドル=100円とも1円=100分の1ドルとも表すことが出来ます。前者は自国通貨建てあるいは邦貨建て為替相場と呼ばれ、外国通貨の価値を自国通貨で測ったものです。また後者は外国通貨建て為替相場と呼ばれ、自国通貨の価値を外国通貨で表したものです。円高ドル安とは円の価値がドルに対して強くなることですから、自国通貨建てでは数字が小さくなること、また外国通貨建てでは数字が大きくなることを意味している点に注意が必要です。わが国では、邦貨建ての表示が一般的です。
さて、皆さんがアメリカへ旅行するために必要なドルを銀行(外国為替公認銀行)に買いに行った場合、銀行の窓口には例えば、売り相場¥125.50、買い相場¥123.50といった表示がされているはずです。これは、銀行が1ドルを125円50銭で売り、123円50銭で買ってくれるという表示です。売り相場、買い相場は共に銀行からみての相場で、その差2円が銀行の手数料収入となるわけです。ところで、旅行に必要なドルを買う場合には、取引とドルの受け渡しが同時に行われますが、このような取引を直物取引、それに適用される相場を直物為替相場といいます。これに対し、将来のある決められた日にドルを必要とする輸入業者がドルを予め決められた価格で買い予約するといった取引は先物取引、それに適用される相場は先物為替相場と呼ばれます。直物為替相場と先物為替相場との間には、金利裁定取引(金利差と直物と先物の相場の差を利用して利益を得ようとする取引で、第1表のスワップがそれに当たります)を通じて、両国の金利差を反映したある一定の関係が見られます。一般に、金利の高い国の通貨は低い国の通貨に対し、先物で直物よりも安くなる傾向がみられます。このように先物相場が直物相場よりも安くなる通貨を先物ディスカウント、逆に高くなる場合を先物プレミアムと言います。
3 外国為替市場
外国為替が取り引きされる市場を外国為替市場と呼びますが、それは大きく分けると、対顧客市場と銀行間市場から構成されています。一般にテレビや新聞などで外国為替市場というのは、銀行間市場の方です。外国為替市場と言っても、株式市場のように決まった取引所があるわけではなく、銀行のディーリング・ルームとブローカー(仲介業者)を結ぶ電話回線がいわゆる市場にあたります。銀行は顧客(輸出入業者、対外投資家、旅行者など)との間でドルを買ったり売ったりしますが、買った額と売った額が常に一致する保証はありません。買った額の方がが多い場合(買い持ち)には銀行にとってはドル債権超過となり、反対に売った額の方が多い(売り持ち)とドル債務超過となります。いずれの場合にも、為替相場が変動することにともなう為替リスクにさらされることになります。そこで銀行は為替リスクを回避するために債権債務を一致させるように、ドルを売ったり買ったりすることが必要になります。このように銀行が自行のドルの持ち高を調整する場が、銀行間の外国為替市場なのです。もっとも、銀行は持ち高の調整のためだけに市場を利用するのではなく、相場の変動を利用して利益を得る目的でドルを売買すること(為替投機)もあります。
第2表は世界の3大外国為替市場における1日平均の取引額を比較したものですが、いずれの市場でもこの3年の間に取引額が2倍以上に拡大しています。また対顧客取引に対して銀行間の取引が圧倒的に大きいことも分かります。外国為替の取引がいかに巨額であるかを示すためにいくつか例をあげると、1989年1年間のわが国の輸出入の合計は4622億ドル、これを1日当たりにすると(1年=260日で計算)約18ドル、また同年のわが国の機関投資家による外国証券の売買は3兆4496億ドル、1日当たりで132億ドルとなります。これらの数字を比較すると、輸出入や証券投資と言ったいわゆる実需に基づかない外国為替の取引がいかに多いかが分かります。
4 日本銀行の為替介入
戦後のIMF体制の下では、固定相場制が採用されていました。そこでは、各加盟国は自国通貨の平価を設定し、日々の為替相場が上下1%以上平価から乖離しないように外国為替市場に介入することが義務づけられていました。わが国でも1963年4月から、日本銀行が大蔵省の外国為替資金特別会計の資金を用いて為替平衡操作(介入)を行っていました。日本銀行は為替銀行に委託して、ブローカーを通じて、あるいは為替銀行と直接外国為替を売買するわけですが、日本銀行が円の上昇を防ぐ目的でドル買い介入をすると、外貨準備は増加しその分国内の貨幣供給量も増加します。反対にドル売り介入をすると、外貨準備も貨幣供給量も減少します。
1973年以降主要国通貨は変動相場制を採用していますが、介入がなくなったわけではなく、為替相場の乱高下を防ぐ目的で、適宜外国為替市場への介入を実施しています。また、EC諸国はEMS(欧州通貨制度)という弾力的な固定相場制を採用しており、中心相場を維持するための介入を行っています。しかし、第
2表でも見たように、現在の為替取引は1日の額だけで各国の外貨準備額を上回っているため、量的には効果を期待できるものではありません。このため近年の主要国の介入は、介入のアナウンスメント効果をねらったものと変わりつつあります。主要国中央銀行による協調介入や、海外の為替市場での介入などがその例です。また、介入に必要な外貨をスムーズに調達するため、主要国中央銀行間では自国通貨を提供し合うという約束(スワップ取り決め)を結んでいます。
5 為替媒介通貨
これまでのところでは外国為替の代表としてドルだけで説明してきましたので、皆さんの中にはドル以外の通貨はどうなっているのかと不思議に思われた人もおられるでしょう。しかし、他の通貨を考慮しても余り変化はないのです。というのは、世界には多数の通貨があるにもかかわらず、為替市場で取り引きされているのは実はドルだけだと言っても大きな間違いではないからなのです。第2表に戻って取り引きされている通貨の種類の欄を見て下さい。それぞれの市場で取り引きされている通貨を取引額の多い順に並べたものですが、それらはそれぞれの通貨がドルを対価に取り引きされる額なのです。例えば、ロンドン市場ではドルとポンドの取引が27%、次いでドルとマルクが22%、ドルと円が15%となっています。一番下の「クロス取引」というのは、マルクとポンドのようにドルを対価としない取引のことを表していますが、いずれの市場でも1割にも満たない額です。
このようにドルが圧倒的なシェアーを占めているのは、ドルが為替市場での取引通貨の役割をはたしているからなのです。例えば、円をイタリア・リラに交換する場合、直接交換するのではなく、円を一度ドルに交換し次にドルをリラに交換するというふうにドルを媒介とする間接交換が一般的だということです。このような機能を果たす通貨を、為替媒介通貨と呼んでいます。なぜドルを間にはさんだ間接交換が行われるかといえば、それはドルを対価とする取引は市場が大きいからなのです。これは一種の循環論法になってしまいますが、例えば顧客からマルクを買った銀行は為替市場でマルクを売ろうとしますが、マルクを円と交換するためには円をマルクと交換したい別の銀行を探す必要があります。相手が容易に見つからない場合には、マルクを保有することで為替リスクを被ることになります。この時マルクとドル、円とドルなら容易に取引が出来るとすれば、銀行はマルク売りドル買い・ドル売り円買いを同時に行うことで為替リスクを回避しようとします。マルク対円、円対ドル、ドル対マルクそれぞれの為替相場の間には裁定関係がありますから、直接取引でも間接取引でも計算上は同じことになります。
6 為替相場の変動
皆さんが銀行へ行ってドルを買う時の為替相場(売り相場)は、通常1日中変わりません。銀行が顧客との取引に適用する為替相場はその日の午前10時前の銀行間相場を基準に決められ、銀行間相場が2円以上変動した場合にのみ変更されることになっています。東京市場は前場が9時から12時まで、後場が13時30分から15時30分まで取引が行われています。第1表に戻って、寄り付きは最初の取引、終わり値は最後の取引で成立した相場、また中心相場はその日の中で一番取引額の多かった相場をそれぞれ示しています。ところで、世界中の主要な外国為替市場の取引時間をつなぐと、1日24時間どこかの市場は開いています。よく言われる、24時間ディーリングの世界(第1図参照)なのです。第2表を見ても、東京市場では取引の半分以上は海外の銀行との取引となっています。
さて、銀行間市場の為替相場を変動させる要因はいったい何なのでしょうか。為替相場も一般の商品の価格と同じく、市場における需要と供給を一致させるように決まることに変わりはありません。外国為替市場における需要要因となるのは、財・サービスの輸入、外国証券の購入、金利裁定取引そして投機的な動機による外国為替の購入など、また供給要因となるのは財・サービスの輸出、外国人による国内証券の購入、そして金利裁定や投機による外国為替の売却などです。つまり、国際収支統計に含まれるすべての取引が外国為替相場を変動させる要因となるのです。このように、日々の国際収支が為替相場を決めるという考え方を国際収支説と言います。
これらのうち、もっとも基本的な需給要因は経常収支、とりわけ貿易収支を構成する取引だと考えられてきました。貿易収支を決めるのは、所得の動きを別にすれば輸出競争力ですが、それは各国の物価水準に依存します。例えば1ドル=130円の時、ある商品がアメリカでは1ドル、日本では100円で買えるとすると、アメリカ人はその商品をアメリカで買わずに日本から輸入しようとするでしょう。その結果、日本の貿易収支は黒字となり、ドルの供給が増加するため円はドルに対して強くなります。為替相場が1ドル=100円まで円高になると、どちらで買っても価格は同じになりますから、貿易収支は均衡することになります。このように、為替相場は貿易収支を均衡させるように、両国の物価水準によって決定されるという考え方を、購買力平価説と言います。
しかし1980年代以降、主要国では資本移動がほぼ完全に自由化されたため、外国為替の需給の中で貿易取引の占める割合は低下し、金融資産の取引による外国為替の需給が大半を占めるようになっています。このような状況の下では、為替相場は物価水準を反映して変動することで貿易収支を均衡させるのではなく、金利や為替相場の変動に関する予想に左右され、貿易収支を均衡させるのとは逆の方向に動くことも希ではありません。1980年代の前半、アメリカの貿易赤字、日本の貿易黒字にもかかわらず、アメリカの高金利に引っ張られドルが大幅に上昇したことはその典型例です。また、金融資産の取引は極めて短時間に行われますから、金利や為替相場の予想が変化しただけで大量にドル売りあるいはドル買いが発生します。しかもこのような取引は新たに資本を投資するだけでなく、既に保有している金融資産を別の金融資産に乗り換える形でも行われます。したがって、外国為替の需給は異なった通貨建ての金融資産に対する需給を反映して動くことになります。このように、為替相場が各種通貨建ての金融資産に対する需給により決定されるとする考え方を、アセット・アプローチと呼んでいます。短期的な為替相場の動きを説明するには、アセット・アプローチが有効であると考えられています。とはいえ、購買力平価説は全く無力になったわけではなく、より長期における為替相場の傾向を見るにあたっては便利な道具なのです。
7 より進んだ学習のために
最後に、いくつかの参考図書をあげておきます。
[1]古海健一 『ビジネス・ゼミナール 外国為替入門』、日本経済新聞社、1990年。(外国為替の仕組みから、主要な外国為替操作、国際通貨制度までを易しく解説した入門書)
[2]深尾光洋 『実戦ゼミナール 国際金融』、東洋経済新報社、1990年。(為替相場の主要な決定理論と、わが国の戦後の為替政策の変遷が要領よくまとめられている)
[3]香西 泰 『円でみる日本経済:為替レートの変動を考えるために』、実務教育出版、1990年。(為替相場の変動と日本経済の動きを多方面から分析した入門書)
[4]大佐正之 『為替相場の基礎知識』、東洋経済新報社、1982年。
[5]木村 滋 『外国為替論』、有斐閣、1991年。([4][5]共に外国為替取引および外国為替相場についての基本的解説書)
[6]日本経済新聞社編 『外国為替100の常識』、日本経済新聞社、1989年。(外国為替市場、為替相場、国際通貨制度に関するQ&A方式による入門書)
また、為替相場をめぐる通貨外交を描写した興味深い読み物として、次の2冊を挙げておきます。船橋洋一 『通貨烈烈』、朝日新聞社、1988年。太田 赳『国際金融 現場からの証言』、中公新書、1991年。