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『経済学研究のために』(第9版)

国際金融論

                                              藤 田 誠 一

 

1.はじめに
 国際金融論は、国際間のお金の流れを研究対象にしており、その内容は多岐にわたっている。国際金融で扱うべき問題としては、@国際決済と外国為替市場、A国際通貨の選択、B国際金融・資本市場と国際資金循環、C為替相場の変動メカニズム、D経常収支不均衡の原因と調整、E経済政策の効果と政策協調、F為替相場制度の選択、G国際通貨システムと地域的な通貨協力などがあげられるが、ここでは@ABFGを中心に解説し、CDEについては「国際マクロ経済学」に譲ることにしたい。

 

2.国際決済と外国為替
 国内の経済取引は、現金通貨と預金通貨により決済される。現金通貨は中央銀行や財務省によって発行される法貨であり、決済完了性をもっている。これに対し、金額的には主たる決済手段である預金通貨の場合は決済完了性を持たず、中央銀行当座預金の振替えを行う銀行間決済システムが、預金通貨が決済手段として機能する上で重要な役割を果たしている。
 国際的な貿易・資本取引は、基本的に預金通貨によって決済されるが、預金通貨を振替える手段が外国為替である。為替とは、遠隔地間の債権債務を同一地域内の債権債務に転換することで、現金の受け渡しを節約する手段であり、外国為替も同じしくみにより国際決済を円滑に行う手段である。国際決済では国内決済と異なり、2種類の通貨が存在するため交換の場が必要であり、また国際間にまたがる中央銀行も存在しない。
2種類の通貨を交換する場が外国為替市場であり、その交換比率が為替相場である。外国為替市場は銀行と輸出入業者などが取引する対顧客市場と、銀行同士が通貨を交換する銀行間外国為替市場とからなる。2004年のBISによる調査では、世界全体で1日平均1.8兆ドルの外国為替取引が行われているが、銀行間取引がその大半を占めている。
また、外国為替取引の約90%がドルを対価とする取引であり、外国為替市場とはドルの市場であるとも言われる。
 国際決済は最終的には銀行間で行われるが、国際間にまたがる中央銀行は存在しない。そこで、国際決済を行う銀行はお互いにコルレス契約を結び、それに基づいて相互に預金口座(コルレス勘定)を開設する。たとえば、東京三菱銀行はシティ・バンクにドル建て預金口座を、シティ・バンクは東京三菱銀行に円建て預金口座をそれぞれ開設し、両銀行間のドル決済はシティ・バンク内のドル建て預金口座の、円決済は東京三菱銀行内の円建て預金口座のそれぞれ貸借記により行われる。国際通貨ドルによる決済がアメリカの銀行内のドル建て預金により行われるという意味では、アメリカ国内のドル建て決済と同じであり、国際決済用のドルが特別に存在するわけではなく、アメリカ国内の銀行間決済システムを用いて国際決済が行われるのである。

 

3.国際通貨
 国内の取引において貨幣が計算単位、決済手段(交換手段および支払手段)、価値貯蔵手段という3つの機能を果たすのと同様に、国際通貨は国際的な取引において、計算単位、決済手段、価値貯蔵手段として機能する。国際的な取引の場合には、民間レベル(企業同士および企業と銀行)、銀行間レベル(銀行間外国為替市場)および公的レベル(通貨当局間および銀行間外国為替市場への介入)に区別することが必要である。
 

表:国際通貨の機能

  
計算単位
決済手段
価値貯蔵手段
公的レベル
基準通貨
介入通貨
準備通貨
銀行間
外国為替市場
  
為替媒介通貨
  
民間レベル
契約通貨
決済通貨
投資・調達通貨


 上の表は、国際通貨の機能を分類したものである。国際通貨は、まず民間レベルで契約通貨、決済通貨、投資・調達通貨として機能する。契約通貨の選択は為替リスクを誰が負担するかに関わっており、貿易財の性格(製品差別可能な工業製品か一次産品か)、貿易金融の容易さ、輸出入業者の交渉力などによって決まるが、世界全体の貿易の約半分がドル建てであるといわれている。投資・調達通貨の選択は、金融・資本市場の発達の程度(市場の深さと流動性)、金利水準、通貨価値の安定性などに依存している。
 契約通貨や投資・調達通貨の選択は、対顧客外国為替市場の取引を規定する。たとえば、日本の輸入業者が韓国からウォン建てで輸入する場合、輸入業者は銀行からウォンを買うことになる。逆に、銀行は輸入業者から円を買いウォンを売ることになる。しかし、銀行間ではドルを対価とする取引がほとんどで、円とウォンを直接売買することは容易ではない。そこで銀行は、円をドルに換え、ドルをウォンに変えるという間接交換を行う。このときのドルの機能を、為替媒介通貨と呼ぶ。
 公的レベルにおいては、国際通貨は基準通貨、介入通貨、準備通貨として機能する。公的レベルの国際通貨の選択は、各国の外国為替相場制度(政策)と密接に関連している。
通貨の国際化のプロセスを考える場合、民間レベルの契約通貨や投資・調達通貨の機能を基盤として国際化する場合(「下からの国際化」)と、基準通貨や介入通貨といった公的レベルの機能を契機として国際化する場合(「上からの国際化」)があり、戦前のポンドは前者の、戦後のドルやEMSにおけるマルクは後者の例と考えることができる。

 

4.国際通貨システムとその改革
 国際通貨関係に関わる公的通貨当局間の公式・非公式の取り決め、慣行、ルールなどを国際通貨システムという。
 国際金本位制では、各国通貨は法律により金の一定重量と結びついており、国内で銀行券と金貨との自由な交換、金地金の輸出入の自由が認められる限り、各国通貨間の為替相場は民間の金裁定取引を通じて固定されていた。また対外不均衡は、金の国際的移動による貨幣量の対称的変動(「金本位制のゲームのルール」)が引き起こす物価の変動を通じて、自動的に調整されると考えられていた。
 戦後のIMF体制は、金1オンス=35ドルという公定価格で金との交換性を保証されたドルを中心とする固定相場制であった。IMF体制の「ゲームのルール」は、アメリカはドルの金交換性を維持するべく国内物価の安定を、その他の諸国は自国通貨の対ドル相場を安定化するよう対外均衡を重視する、というものであった。しかし、ドルが準備通貨であり、アメリカのみが自国通貨で決済できる(負債決済)特権をもっていたため、アメリカの赤字に歯止めがかからず、ドル危機の頻発から金ドル交換停止を経て固定相場制は崩壊した。
 1973年に主要国がフロート制に移行して30年以上が経過した。しかし、フロート制に期待された経常収支均衡化メカニズムは機能せず、長期にわたる為替相場のミスアラインメントや為替相場のボラティリティといった問題が指摘されている。また、金融のグローバリゼーションの下で、為替相場は各国の金利と密接に関連しているため、各国の金融政策の自由度もかえって低下してきた。
 現行の国際通貨システムは「ドル本位制」と呼ばれることが多い。ドルが中心的な国際通貨であり、また国際資金フローもアメリカを中心にドル建てで行われているためである。ポンドを中心とする国際金本位制も、ドルを中心とするIMF体制も、特定国の通貨が国際通貨として機能していたが、現行のシステムと異なり、中心国に何らかの制度上の歯止めが存在してきた。80年代以降の国際通貨システム改革論(ウィリアムソン=ミラーの「ターゲット・ゾーン構想」、マッキノンの「金を用いない金本位制」など)も、何らかの意味で、主要国間に対称性を導入しようとする試みであったが、実現には至っていない。

 

5.ユーロと国際通貨システム
 1999年1月、EMU(経済通貨同盟)の最終段階への移行に伴い、11カ国(2001年からは12カ国)に欧州単一通貨ユーロが導入された。EU(EC)では、1970年のウェルナー報告により経済通貨同盟への試みを開始した。そのねらいは、ドル危機の悪影響から欧州経済を隔離することにあった。1972年に始まったスネーク制は失敗するが、1979年に創設されたEMS(欧州通貨制度)は、加盟国通貨間の為替相場を平価の上下2.25%に維持する固定相場制で、介入資金の調達のための信用供与メカニズムも内蔵していた。また、加盟国通貨のバスケットで構成されるECU(欧州通貨単位)が、共通の計算単位、準備資産、決済手段として導入された。
 EMSは、各国通貨を平等に扱うよう工夫されていたが、ドイツ経済の強さ・マルクの安定性などを背景に、80年代半ばからマルクを中心とする非対称な制度に変質し、安定期を迎えることになった。すなわち、ドイツは物価安定を目標とする独自の金融政策を実施し、その他の諸国は自国通貨の対マルク相場の安定化を通じてドイツの物価安定を輸入するという「ゲームのルール」であった。ユーロの導入によってこのような非対称性は消滅し、ECB(欧州中央銀行)はユーロ域(ユーロが自国通貨として流通する地域)全体を対象とする単一金融政策を実施しているが、ユーロ域内の実体経済の非対称性は、単一金融政策では解決できない問題を発生させる危険性をもっている。
 ユーロに期待された効果は、@為替リスクの消滅、A通貨交換に伴うコストの消滅、B価格の透明性の向上、Cユーロ建て金融・資本市場の発展などにより、ユーロ域内での企業間競争の活発化が欧州の単一市場を活性化することであった。2004年にはEU加盟国は25カ国に拡大したが、新たな加盟国はユーロ導入に向けて、マーストリヒトの経済収斂条件を達成し、自国通貨の対ユーロ相場を安定化する枠組み(ERMU)に参加することが求められている。
 ユーロに期待されるもう一つの効果は、ドル1極体制に対する牽制である。ユーロ域はアメリカと並ぶ経済力を持っており、金融・資本市場の規模でもドルと並ぶ通貨が誕生することになる。アメリカの経常収支赤字の継続とその結果としての対外債務の累積は、現在の国際通貨システムにおける最大の不安定要因である。アメリカの赤字は、ドルが国際通貨であることから、負債を増やすという形で決済(負債決済)されるため、通常の国のように国際収支の制約は機能しない。これまでは、ドルに代わる投資対象がなかったため、黒字国は結局ドル建て金融資産に投資せざるをえなかったが、ユーロというドルに対抗しうる安定した通貨が登場すれば、ドルをユーロに転換するという選択肢ができ、それがアメリカの赤字垂れ流しに対する牽制となるのではないかという期待である。
ドル−ユーロ2極体制は、一方ではアメリカに対する牽制効果という安定化の側面と、他方ではドルとユーロのポートフォリオシフトから為替相場が大きく動くという不安定な側面をもっている。この点では、特にアジア地域の通貨制度のあり方が、ドル−ユーロ2極体制の今後を大きく左右する可能性をもっているといえる。

 

6.通貨危機と為替相場制度
 1990年代には通貨危機が頻発した。92-3年のEMS通貨危機以外は、すべて新興工業国(メキシコ、アジア、ロシア、ブラジル、アルゼンチン)で通貨危機が発生した。これらの国々に共通する特徴は、ドルとの固定相場制(ドル・ペッグ制)を採用し、金融のグローバル化の中で急激な資金流入を経験し、これらの資本が引き上げられることで通貨危機が発生したことである。これらの特徴は21世紀型通貨危機、あるいは資本収支危機と呼ばれている。
 「政策のトリレンマ」は、固定相場制、自由な資本移動、独立の金融政策は同時に達成できないことを教えている。一連の通貨危機を経て、IMFを中心に、資本移動の自由化が避けられないとすれば、選択肢は金融政策の独立性を放棄して強固な固定相場制(ドル化、通貨統合)を採用するか、完全なフロート制しかないとする、「両極の解(two corner solutions)」の考え方が有力であった。しかし、成功例であったアルゼンチン(カレンシー・ボード制)で通貨危機が発生するなど、最近ではそれらの中間に位置するより弾力的な為替相場制度が望ましいとする考え方が一般的になっている。ウィリアムソンが提唱するBBC(Basket, Band, Crawl)アプローチは、その好例である。


参 考 文 献
 


1.一般的な解説書

〔1〕秦 忠夫・本田敬吉『国際金融のしくみ:新版』有斐閣、2002年。
〔2〕上川孝夫・藤田誠一・向 壽一編『現代国際金融論:新版』有斐閣、2003年。
(2006年秋に第3版が刊行される予定)
〔3〕国際通貨研究所『国際金融読本』東洋経済新報社、2004年。
〔4〕平島真一『現代外国為替論』有斐閣、2004年。
2.外国為替・国際通貨
〔1〕滝沢健三『国際通貨論入門』有斐閣、1990年。
〔2〕古海建一『外国為替入門:第2版』日本経済新聞社、1995年。
〔3〕Cross, Sam Y., All About Foreign Exchange Market in the United States, FRB of N.Y.,1998 (サム・クロス著、国際通貨研究所訳『外国為替市場の最新知識』東洋経済新報社、2000年)。
〔4〕McKinnon, Ronald I., Money in International Exchange: The Convertible Currency System, Oxford Univ. Press, 1979(ロナルド・マッキノン著、鬼塚・工藤・河合訳『国際通貨・金融論』日本経済新聞社、1985年)
3.国際通貨制度とユーロ
〔1〕山本栄治『国際通貨システム』岩波書店、1997年。
〔2〕McKinnon, Ronald I., "The Rules of the Games," Journal of Economic Literature,1993(ロナルド・マッキノン著、日本銀行「国際通貨問題」研究会訳『ゲームのルール:国際通貨安定への条件』ダイヤモンド社、1994年)。
〔3〕田中素香編『EMS:欧州通貨制度』有斐閣、1996年。
〔4〕田中素香・藤田誠一編『ユーロと国際通貨システム』蒼天社出版、2003年。
〔5〕田中素香・春井久志・藤田誠一編『欧州中央銀行の金融政策とユーロ』有斐閣、2004年。
4.為替相場の選択・国際金融アーキテクチャー
〔1〕毛利良一『グローバリゼーションとIMF・世界銀行』大月書店、2001年。
〔2〕白井早由里『検証IMF経済政策』東洋経済新報社、1999年。
〔3〕吉富勝『アジア経済の真実』東洋経済新報社、2003年。
〔4〕ジョン・ウィリアムソン著、小野塚佳光訳『国際通貨制度の選択:東アジア通貨圏の可能性』岩波書店、2005年。
〔5〕Eichengreen, Barry, Toward a new international financial architecture : a practical post-Asia agenda, Institute for International Economics, 1999(バリー・アイケングリーン著、勝 悦子監訳『国際金融アーキテクチャー : ポスト通貨危機の金融システム改革』東洋経済新報社、2003年)。
5.便利なホームページ
日本銀行(www.boj.or.jp)
財務省(www.mof.go.jp)
IMF(www.imf.org)
世界銀行(www.worldbank.org)
BIS(www.bis.org)
連邦準備制度理事会(www.federalreserve.gov)
欧州中央銀行(www.ecb.int)