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在学生・修了生の声

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経済学研究科で学んで

 もう、既に一昔前の話になってしまったが、バブル崩壊後の不良債権問題で大手銀行や証券会社など本邦金融機関の破綻が続いていた頃、ボクは1981年に立命館大学法学部を卒業後18年間勤めてきた日興證券株式会社の早期退職制度に手を挙げ、40歳で会社を辞めた。
特に次の職の当てがあったわけではなく、転勤が多くて二人の娘に何度も転校をさせるのが可哀そうだったのと、証券界初の早期退職制度の導入であったため退職金の額に惑わされたというさもしい理由で辞めたので、当面は4年前に好奇心から入学してのち熊本への転勤で休学状態になっていた、名古屋市立大学大学院経済学研究科修士課程の修了を目指すことにした。慣れない論文執筆に悪戦苦闘しながらも、指導教官の國村道雄先生のご指導で何とか修士論文を書き上げ、結果的に入学してから5年の歳月を費やして修士の学位を取得した時、研究の面白さから研究者になりたいという、今思うと無謀なことを考えるようになった。
 家族四人の生活の糧を得るため、岡山の専門学校の講師として働く傍ら、大学教員の公募に片っ端から応募したが、片っ端から書類落ちとなった。結局、博士の学位がないと話にならないのではないかと思い至り、1年勉強して博士後期課程に社会人を受け入れている神戸大学大学院経済学研究科に入学した。当時、社会人の同級生は十数名いたと思うが、ほとんどが神戸大学の卒業生であり、また博士前期課程からの進学者だったので、ボクのアウェイ感は半端ではなかった。そこへ持ってきて、この世界の事情をよく知らなかったボクが悪びれることもなく、博士の学位を取得して研究者になるために入学したなどと公言して憚らなかったので、一人浮いた感じだった。しかし、その後様々な肩書を持つ同級生の方々と付き合ってみると、みなさん優秀な人たちで大いに刺激を受けた。
 ボクは岡山から通っていたので、時間と旅費を節約するため土曜日に開講される講座のみを分野を問わず履修せざるを得なかったが、それは結果的に幸運なことだった。博士後期課程で初めて神戸大学に入ったボクにとって、お名前を聞いただけでも畏まってしまいそうな錚々たる先生方が講義される様々な分野の内容は、何を聴いても新鮮だったし、とても興味深かった。そして今も、経済学研究科で学んだ広い分野への好奇心と知識が、ボクの研究活動にとても役立っている。当時、博士の学位取得に燃えていたボクは、受講時には常に最前列真ん中の席に陣取っていたことを思い出す。
 結局、後期課程を修了するのに4年掛かり、その間、人一倍の紆余曲折があったが、それをここに記していると到底紙幅が足りない。ただ、指導教官である地主敏樹先生の院ゼミには分野を越えて教員や院生が集い、そこで行われるディスカッションは刺激的で、その時の情景は今も鮮明に思い出すことができる。また、経済学研究科での悲喜こもごもは、今ではボクの人生の何にも替え難い思い出となっている。こうして何とか博士の学位を取得した時、真偽の程は分からないが当時の院生仲間から、ボクが社会人コースでは歴代二人目の学位取得者だと聞いて驚いた。これも、出来の悪いボクを見捨てず、辛抱強くご指導いただいた地主先生のお陰だと心から感謝している。
 既に神戸大学に入る前から応募し続けていた大学教員の公募は、博士を取得してからも相変わらず書類落ちが続き、その時で応募した数は優に100を超えていたと思う。研究者になりたい一心で博士後期課程に学んでいた間、ボクは家計を維持しながら研究時間を確保するために職業を転々としていた。
しかし、博士の学位を取得したのち、家族を抱えてこれ以上不安定な生活をするわけにはいかないという弁えは残っていたので、その年中小企業診断士の資格を取得し、翌年から岡山で経営コンサルタントを始めた。
 運よくコンサルタントの仕事は順調に滑り出すことができたが、この時も大学院で学んだ知識や論理力などが大いに役立ったと思う。コンサルタントとして働きながらも引き続き教員公募に応募し続けていたが、以前から応募の際に推薦状が必要なことが何度もあって、その都度、国村先生や地主先生に対してご無理なお願いをすることになるのだが、お二人とも辛抱強く何度も推薦状を認めて下さった。
この時ほど、恩師の有難さが心に沁みたことはなかった。
 コンサルタントとして独立後4年目を迎え仕事も板に付いてきたが、研究者への扉は一向に開かれる様子がなかった。もう、やれることはすべてやったので悔いはない。これからは経営コンサルタントを天職として生きていこうと考えていた矢先、在学時に経済学研究科で知り合い、その後も交流のあった尾道大学(現、尾道市立大学)の小谷範人先生から公募の情報を教えていただき、先生の多大なご助力もあって翌春、ついに念願の大学教員のポストに就くことができた。その時、ボクは52歳になっていたので、40歳で研究者を志してから既に干支が一回りしていた。しかし、この間に体験したことや学んだことはボクの人生の宝であり、今振り返るとボクの人生で最もエキサイティングな時期だったと思う。
こうして本格的に学界に入ってみて改めて気付いたことは、神戸大学出身の研究者が数多く学界で活躍しておられることであり、遅れ馳せに社会人コースを修了したボクとも、同窓の研究者として分け隔てなく暖かくお付き合いして下さる有難さである。早いもので、既にボクも研究者となって今年6年目を迎えたが、当初は博士後期課程のみの在籍であったことから神戸大学の同窓生だというのが気恥ずかしく、若干後ろめたささえあった。しかし、多くの同窓の研究者と交流させていただくことによって、神戸大学の人脈の厚みを痛感するとともに、今では神戸大学大学院経済学研究科を修了したことを心から誇りに思っている。今後、研究者としてボクに残された時間は短いものの、微力ながら研究活動に尽力し、恩師を始めこれまでお世話になった多くの方々から受けたご恩に、少しでも報いていきたいと考えている。

 尾道市立大学経済情報学部 准教授
小川 長(2005年修了)

 

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